参考事例

難題解決

どんな難題も解決 これまで、数々の難題を解決して、大変、感謝されてまいりました。
また、社労士としての知識を駆使して、クライアントにとって、最大限、有利な方法を探ってまいりました。その中で、20例を記します。
なお、個人情報の関係でファジーにしている部分があります。
【ご注意1】「1級、または2級」というのは、障害基礎年金、障害厚生年金の障害等級です。「3級」は、障害厚生年金の障害等級です。
【ご注意2】「更新」というのは、障害年金受給中の方に、日本年金機構から診断書の提出を求めるものです。その診断書の裁定によって、新しい等級が決定します。

難題解決・奮闘記

1.障害年金専門の社労士20人に断られた(難病:肢体不自由・男性)

 待ち合わせ場所に行くと、いきなり、「インターネットで障害年金専門の社労士20名に依頼したが、いずれも断られた。あなたが初めて「面談する」と言う。着手金が欲しいから来たのだろう。」と言われました。
詳しく聞き取りした結果、「着手金は報酬と同時に請求する。」との一項を入れることにより、障害年金を受給できなかったら着手金も無しであることを説明して、契約をしました。
丁寧に聞き取りし、無事、受給に至り、最高に感謝されました。余程、嬉しかったのでしょう。
一番印象に残る案件です。

2.更新において3級に級落ちしたので審査請求のご依頼(脳梗塞による高次脳機能障害:女性)

妹様からのご依頼でした。本人のご自宅にお伺いし、聞き取り致しましたが、その間、ご本人が妹に、「もう、いいよ。」と何度も言われるので、どうしてこんなに遠慮されるのかと思ったものでした。
  この方は、ご自身で『脳梗塞による肢体不自由』で障害年金を請求され、2級が決定した方です。更新において3級に級下げになり、年金額がかなり下がったとの事でした。聞き取りすると、すぐに、高次脳機能障害と分かりました。申請する診断書用紙が違うのです。主治医に高次脳機能障害による精神の診断書を作成してくださるようにお願いしました。脳外科の先生は精神の診断書は書きたがらないので心配したのですが、気持ち良く書いて下さいました。審査請求に間に合い、すぐに2級が認められました。
  ご本人が遠慮された理由が分かりました。有名な障害年金専門の社労士3名に相談したところ、全て断られたそうです。
  そして、その後も更新のご依頼など、良いご縁が築いております。

3.納付要件なしとの不支給通知(統合失調症:女性)

納付要件が無い案件が、最もやっかいです。聞き取りすると、絶対に初診証明と納付要件が必要な方でした。
 そこで、「内科、外科、その他、何でもいいから、受診歴を思い出すだけ話して下さい。」と申して、ひたすら聞き取りしました。すると、納付要件を満たす内科受診があったので、「どのような状況であったかその病院に聞いて下さい。」と申しました。
  何ということでしょう! カルテに、「精神的な胃痛。親に電話して精神科受診を勧める。」と書いてあるではありませんか。こんなラッキーなことがあるでしょうか!
しかも、この初診日の月だけが納付要件を満たし、1年9か月目に受診されていたのです。
  不支給から一転、認定日請求が認められて、5年遡及○百万円が振り込まれました。

4.ご自身で請求して不支給決定。改めて請求し、認定日請求が認められた(うつ病:女性)

ご自身で請求された診断書等のコピーを取り寄せたら、あまりにひどい内容で、あきれました。障害年金の診断書は書いたことがないという医師だったそうです。これでは審査請求には堪えられません。
  この方は転職が多かったのですが、厚生年金期間が多いのですが、1日だけ厚生年金期間ではない日に受診されていました。それも、転属であったので1日も空きがあるはずはないのに、会社が退職日と喪失日を間違えて届けたと思われる空白の1日でした。そして、その日が初診日であるので基礎年金として提出し直したら障害年金を認める、との年金機構からの指導がありました。その空白の1日の前にも受診しているのにー、です。これは、絶対に諦める訳にはいきません。この方は障害厚生年金を受給すべき方と信じて、いろいろな証明書を提出しましたが、返戻につぐ返戻で、ついに不支給通知がきました。どうしても、たった1日の空白日が初診日とは諦めきれず、審査請求しました。さらに、審査請求までいきました。
 公開審査会には彼女と一緒に行きましたが、彼女に質問が集中しました。その空白日後の勤務が激務であったことが認められて、委員長の、「社会的治癒を認めて良いのではないか。」との一言がものすごく嬉しかったです。それでも、決定通知書が来るまでは落ち着かないものでした。

  思い返すと、最初に年金事務所に提出してから受給に至るまでに、3年かかりました。絶対に諦めないで良かったと、嬉しい案件でした。お陰様で、遡及5年分を合わせて8年分が一時金として振り込まれました。とても印象的な事案です。

5.初診証明が困難であった(発達障害・女性)

母親が年金事務所に何度も行って指導を受け、裁定請求をしたものの、初診日不明で不支給になったとのこと。年金事務所からは、「発達障害だから20歳前障害だ。20歳前の受診状況等証明書を持ってきなさい。」、と言われたものの、20歳前には受診しておらず、途方にくれておられました。ご本人は、20歳頃は希望に燃えて邁進しておられたのです。受診するはずはありません。
  提出した書類のコピーを見せていただきました。数々の修正があったのでお尋ねしたところ、年金事務所に修正指導されたとのこと。年金事務所に書かされた虚偽の初診日では審査請求はできません。
  初診も現在もA院と聞いて、気が滅入りました。A院は法定の5年間しかカルテの保存がありません。受診していない期間が10年以上あるので初診証明について証明も証言も貰えないことは分かっておりました。調査すると、学校の証明書と二人の証言により、受診時期が3か月間に絞られました。この証言と証明書で初診証明に堪え得ると思い、裁定請求をしました。
  すると、年金機構から、「証言は採用できないので、新たに初診証明を提出するように。」と、返戻されました。納得できなかったのですが、他の病気でかかっていた病院の受診証明書を取ったものの、カルテがなく、詳細はわかりません。当時のカウンセラーを探し出すことができたので、証言を書いて貰い、これで万全と思いました。しかし、「誘導尋問だ。」等の理由で却下されました。そして、○日迄に証明書を提出するようにとの文書と請求書類の全部を送り返されました。
  何が何でも支給しない、という暗黙の圧力としか思えません。私自身、これ程までに証明書や証言を集めた案件はありません。それでも、何としても受給できるようにしなければなりません。運よく、当時の主治医を捜し出すことができ、証言をもらって年金事務所に持っていきました。
  最初に年金事務所に提出した時から1年以上経っておりました。年金事務所は、「今日を提出日として受け取る。」と言われました。そうすると、この1年分が支給されません。受け入れ難いものでした。そこで、これ迄の年金事務所の数々の行政指導の誤りを指摘したところ、最初に提出した日を提出日と認めてくれました。
  すぐに2級決定の通知がきました。最初の裁定請求から1年半が過ぎておりましたので、結局、この1年半分が支給され、納得いくものでしたが、本当に手のかかる案件でした。

  初診日証明は大変です。これ程、障害年金請求は難しいものということがいえるでしょう。
  付け加えますと、最初から社労士に依頼されていたら、社会的治癒で平成24年初診日として認定日請求できたと思えるものでした。お母様に、「受診していない間が15年以上ありますね。その間、本当に申立書にお書きになったように状態が悪かったのですか?」とお聞きしましたら、「年金事務所から、悪い、悪い、と書かなければ貰えません。」、と言われ、特筆することもないので、同じことを繰り返し写しました。」とのことでした。そして、社労士に依頼することは知らなかったとの事でした。
  大変でもあり、最初から社労士に依頼されていたらと思われる残念な案件でした。

6.30年前の初診証明探し(難病・男性)

彼はとても我慢強い方です。いよいよ動けなくなり、障害年金を請求する気になったというものでした。そして、障害年金請求を病院のソーシャルワーカーに依頼していたら、その方が長期休業に入られたので当方に依頼されたととの事でした。
  お話しを聞いて驚きました。現在の病院に紹介状を持って来た日を初診日として請求準備をされていたのです。しかも、その日では納付要件もありません。そのまま出していたら絶対に不支給になります。彼には、私に依頼して良かったですね、と申しました。
  初診日は30年前でした。しかし、父親が医師であったので、受診は時々しかなく、殆ど父親が薬を持って帰っておられたとのことです。さらに、30年前なのでカルテはありません。父親も死亡しておられ、当の病院は改組されており、頼ることは出来ませんでした。
  結局、相当な努力の結果、当時の医師を捜し出すことができて、証言を戴きました。調査に時間がかかりましたが、無事に認められて本当に良かったです。⇒20歳前障害基礎年金2級 永久認定

7.発達障害で障害厚生年金2級(20代男性)

請求人のお父様からSS-netに依頼があり、ご自宅に訪問致しました。立派なお父様で、緊張致しました。
 小学1年生から発達障害で受診。その病院が廃院になったこと。受診しなくなったこと。等々。私は黙って話を聞いておりましたが、次に言われたことに固まってしまいました。つまり、障害厚生年金にして下さい、とのこと。3級と思われるからと‥。
  社労士としては、依頼者が満足されることも命題です。そこで、社会的治癒が可能か、さらに詳しくお話をお伺い致しました。一流大学を4年で卒業、部活も活発であった、合計10年以上受診なく、活き活きと前向きであったこと。会社でも同期とは仲良く付き合っていたが、転勤の職場でいじめにあって発症したとの事。
  大変な課題を背負って心は重く、やっと帰宅しました。
  初診証明が最も大事であると思い、2時間半かかるクリニックに行き、医師と直談判をしました。カルテの範囲内で書いていただけることをメモしていたら、医師も真剣になって私のメモを写し取り、出来上がったら郵送すると約束して下さいました。山を一つ越えた感がありました。
  次に、現医との交渉です。主治医の話振りから、父親を信頼していることを感じ取りました。そこで、父親に文書を書いて貰ったり、一緒に行っていただいたりしました。何度もクリニックに伺い、現状を説明いたしました。
  結果、障害厚生年金2級(事後重症)が決定し、お父様から、「こんなに頂けるのですか。」と大変に感謝され、やっと肩の荷を降ろすことが出来ました。

8.ガンで闘病中ながら正社員勤務中。障害厚生年金2級決定(男性)

彼は激務で、体調が悪くても病院に行く暇が無く、やっと一段落してから病院に行った時には手遅れで手術不能でした。まだ、子供が小さいことから、1年6か月で障害年金請求を依頼したいとのことです。
  彼は、抗癌剤治療のために会社を2週間に3日間、欠勤していました。土、日を含めると5日間は抗癌剤の副作用が辛くて寝たきりでした。そこで、その間の壮絶な状況を文章にしたためました。結果、障害厚生年金2級に決定し、加給年金4人分が支給されました。

9.ガンで認定日請求(女性)

彼女は、認定日には転移しておらず、転移が発見されたのは1年11ヶ月目でした。ですから、認定日は程度非該当か、よくても3級と思われました。それでも、彼女が免疫療法における高額な医療費に悩んでいる現状に心を痛め、何とかお手伝いできないかと認定日請求を模索致しました。認定日の病院は東北であったので、郵便で診断書依頼をしましたところ、医師から直接電話があり、診断書作成を断られました。
 医師に言いたいことがありましたが、電話で論争しても仕方がありません。それに、認定日はよくても3級でしかなく、現在は2級と思われるので、認定日の診断書取得の為に障害年金請求が遅れることはできず、ひとまず、事後重症で請求して2級を確定しなければなりません。彼女は、医療費の補助が最大命題であったのです。
  事後重症請求の結果、2級が確定しました。
  ここから、安心して、認定日請求に取り組みました。というのも、SS-net報告で、「事後重症請求の2か月後に認定日請求をしたら、“その時に認定日請求した”ことにされてしまった。」との記載があったので、まず、現在の2級を確定したかったのです。
  早速、東北の医師に電話をしましたところ、1年9か月目の診断書は書けないと、けんもほろろでした。 そこで、1年6か月後が障害認定日であるとの法律条文のコピーと、認定基準のコピーを用意して強行突破することにしました。すると、医師は認定日が1年6か月目であることをご存じなかったのです。診断書の有効期限は3か月以内であることをお話して1年9か月目の現症の日付で診断書を書いて頂くよう、心からのお願いをして帰京しました。
  診断書が郵送されてきた時は、本当に嬉しく、飛び上がりました。年金事務所に認定日のみの請求をして、3級と認定され5年分が振り込まれた時には、やっと彼女に社労士としての役割を果たせたとの安堵感で一杯でした。本当に嬉しく思いました。
 受給に至り、朝6時に自宅を出て新幹線に乗り、夜9時頃に疲労困憊で帰宅した一日が快い思い出になりました。社労士冥利につきます。
  当事務所では、費用については「着手金2万円と、一時金の10%か2ヵ月分のどちらか多い方」としております。この方も当然のことながら、新幹線で診断書を取得に行った旅費や日当等の請求は致しません。また、先に2ヵ月分を頂いていますので、後に一時金が受給できた時は、2ヵ月分との差額のみを請求しました。

10.京都在住の方から、認定日請求のご依頼(うつ病・男性)

ご自身で事後重症請求して3級受給が決定しておられる方で、認定日請求が出来ることを知って依頼されましたが、やはり、数人の社労士に断られたとのことでした。
  15年前のことであり、難題です。また、クリニックまで往復4時間かかります。待ち時間を含めたら一日がかりです。
  クリニックに行きましたが、けんもほろろでした。何度も行きましたが、その都度、追い返されたり、書けない理由を述べられたりしました。我慢、我慢!! それらを一つ一つクリアしていき、先生も少しずつ軟化して話をしてくださるようになりました。そして、「彼のためには書かない。でも、あんたのためなら書く。」と言って下さり、ようやく診断書を入手できました。
   一方、京都に行き、申立書の作成のための聴取等を行いました。無事、2級認定され、遡及支給されました。
  しかしながら、彼は、ご自身で事後重症請求をして3級受給が決定している事との関連が理解できないようで、「染森さんに2級にしてもらったのに、年金機構に3級に落とされた。」と言うのです。障害年金の仕組みを説明して納得していただきました。
  その様な時に、丁度、更新の診断書用紙が送られてきたので、更新の指導もすることにしました。医師の診断書があまりに軽く、なぜ、福祉手帳の診断書と違うのかと問うても、そういうものだとの意味不明な回答しかありません。そこで、「生活状況と障害の状態」と題した文書を作成し、更新の診断書、額改定請求書に添えて郵送致しました。何と、あの軽い診断書で、2級に認定されたのです。彼は、3級との額の違いに驚いていました。「こんなにもらえるのですか?」とー。

11.母親からのご依頼で、本人に会うことなく、統合失調症で障害基礎年金2級(30代女性)

高校時代に発症して、何度か請求したものの、受給に至らなかったとのこと。今度こそは絶対に受給しなければならない家庭の事情があるとのことでした。
  初診の病院に、母親と一緒に受診状況等証明書の作成依頼に行きました。大病院でありながら、同証明書の書き方に不慣れで、閉口しました。それでも、しっかりと説明しましたらきちんとしたものを作成してくださいました。次に、現医に診断書作成依頼に伺いました。現医は協力的で、現状を表す診断書を書いて下さいました。
 すぐに、2級との通知がきました。
  一方、ご自身で請求された当時の書類を取り寄せましたが、これでは支給されるはずはないというお粗末なものでした。そこで、母親に尋ねましたら、社労士に依頼することを知らなかったとのこと。前回に社労士に依頼されていたら、もっと早くに受給できていたと思えて、残念でした。障害年金の広報活動の大切さを改めて知らされたものです。

12.K病院の誤診を指摘した交通事故後遺症(脳脊髄液減少症・男性)

交通事故彼から1年6か月になるので障害年金請求をお願いします、とのご連絡がありました。
  救急搬送された病院に初診証明を依頼した上で、K病院の予約日に一緒に行きました。何故か、精神科でした。
  私は肢体不自由の診断書用紙を用意しましたが、医師は、解離性障害であるから肢体不自由の診断書は書けないと言われ、医師に反論したのですが、考えが変わらないので診断書作成をお断りしました。
  そして、夜、彼に、「解離性障害とは何か知っていますか? アルプスのハイジでクララが突然に立てるようになったことが解離性障害なのです。つまり、歩けないというのは思い込みで、足は悪くなく、精神的なものということです。ご自身、本当に、足は悪くないと思っているのですか?」等々、何度もメールを発信しました。
  彼から、やっと、「それなら、どうしたらいいのですか?」、とのメールが来ました。私の言を聞いてくれたのです。直に、「T先生の予約を取って下さい。」とのメールを出しました。幸い、2か月後の予約が取れました。
  一方、私はK病院リハ科に、「交通事故後遺症」としての認定日の診断書を依頼しました。しかし、その中に、解離性障害との文言があるので、しばらく請求保留にしました。1年以内に出せばよいのですから。
  私が思ったとおり、彼は、脳脊髄減少症との確定診断があり、数回のブラッドパッチでめきめき回復していきました。そこでT先生に、脳脊髄減少症であるとの証明書を書いていただき、認定日から7か月後に認定日請求を致しました。⇒認定日、障害基礎年金1級
  私は、日頃からたくさんの病気の方を見ているので、誤診であることが分かったのです。障害年金受給はもちろんですが、それ以上の感謝をされました。もし、K病院で解離性障害の治療をそのまま受けていたら、そして、見当違いの薬をずっと飲まされていたらと思うと、怖いものがあります。

【現在】T先生から、「もう少し早く来て欲しかった。」と言われました。一方、K病院の誤診については、目下、裁判中です。

13.話を丁寧に聞くうち、労災該当の可能性を見つけて、1千万円以上の受給(女性)

彼女の障害年金請求は簡単で、ご自身でもできるようなものでしたが、早く請求したいとの理由で依頼されました。2週間で全ての書類を整え、すぐに請求致しました。
  その間に話を聞くうち、労災の休業補償を請求できるのではないかと思い、労災の委任状を書いていただきました。ご本人は、「まさか。」と、全く信じておられませんでした。
  難しいのは分かっています。審査請求において、こちらの言い分をしっかり伝えたら、受給が決定しました。(詳細省略)‥
  結局、総合計1千万円以上になり、驚愕しておられました。

14.依頼人である母親と話をしているうち、遺族年金受給の可能性を見つけた(女性)

お嬢様の障害年金裁定請求のために、何度もお話をお伺い致しました。すると、お母様ご自身が、所得を理由として遺族年金が不支給であったとの話でした。ご主人の逝去の後、「5年以内に850万円以下」に該当するので、遺族年金が受給できるはず、と思いました。ご本人は、まさかとまともに受け止めてはおられませんでした。確定申告のコピーを戴いて書類作成して年金事務所に行きました。もちろん、審査請求、再審査請求を覚悟していました。ところが、あっけなく遺族年金が決定し、遡及4年分が支給されました。

  ご本人(母親)は、娘の障害年金受給より嬉しいと、大変な喜び様でした。
  この方も、何度もお話しをお伺いするうちに遺族年金受給の可能性が見付かったのです。社労士冥利に尽きるというものです。

15.傷病手当金請求(男性)

この方は障害年金受給後のケアのことです。
  体力の限界を感じて退職するとのご相談を受けました。肺疾患を理由として傷病手当金を1か月受給したところで退職されました。退職後の傷病手当金について、医師は、「2か月で完治したので傷病手当金の診断書は書けない」と、拒否されました。
  私は、まず、ハローワークに離職票を持って行き、延期の手続をしました。次に、健保組合に交渉に行きました。『平成15年の答申』をお見せし、そこに、『諸般の事情により病名を‥‥‥』と書いてあります。つまり、平たく言えば、事情により病名を偽っても良いとの答申が出ていますので、今後も傷病手当金を継続して受給できるようにして頂きたい、と交渉しました。緊張みなぎる交渉でした。結果、翌日、傷病手当金を支給しますとのご返事をいただき、1年6か月の傷病手当金受給が出来ました。特に会社に知れないようにと、秘密保持の件はくどいように申し上げ、いろいろと特例を儲けていただきました。
  その後は失業手当の手続です。ハローワークに一緒に行き、就職困難者として12か月の受給が決定しました。実は、失業手当と障害年金は両方貰えるのです。それらの手続も全て行い、この方にとって最大限の受給可能性を探りながら進めていきました。

16.傷病手当金と障害年金の両方受給の間、健保組合に納めた障害年金を取り戻した希有な例(男性)

ある社労士に依頼して障害年金を受給したものの、3級に不満で当方に依頼されました。すぐに額改定を致し、2級受給が決定いたしました。
  しかしながら、話の中で、傷病手当金を受給していた間の障害年金額を健保組合に返納した、とのことです。実は、健保組合に返納しなくても良い例が、希にあるのです。この方は、何度も話しているうちに、それにぴったり合致していることに気が付きました。  健保組合に、法律条文と説明書きを提出したところ、厚労省に相談します、とのご返事でしたが、その日に電話がかかり、返還していただくことになりました。すると、相当な額になり、とても感謝されました。

17.障害年金専門を標榜する社労士に冷たく断られ、ショックを受けた(うつ病:女性)

ご自宅にお伺い致しました。すると、「昨年、障害年金を請求しようと、障害年金専門の社労士事務所に相談に行ったのですが、「この程度で貰えると思っているのですか! 相談料を払ってお帰り下さい」と、追い払われるように帰され、とても辛い思いをしました。」とおっしゃいました。
  かわいそうに! ただでさえ、病気で辛い思いをされているのに、辛かったでしょうと、当職も辛さをもらいました。よく話を聞くと、認定日請求が出来ると思われました。幸い、主治医は理解が深く、診断書は実態に即したものができました。
  申立書の作成には手間取りました。ご本人が書きたいということなので、じっと待ちました。⇒障害基礎年金2級、5年遡及が決定しました。もし、1年前に当事務所に依頼されていたら嫌な思いをしなくてよかったのにと、それだけが残念で、また、かわいそうでした。

18.難病で働けず、何処に相談に行ってもダメで、難病センターで教えて貰った(多発性筋炎・女性)

彼女は、この10年以上、多発性筋炎という難病に苦しんできました。働けず、貯金を使い果たし、生活保護の相談に行っても、自宅があるので不該当と言われ、区役所の年金課に行っても、60歳前なので繰上げできないと言われ、途方にくれておられました。
  その様な時、難病センターに相談に行ったら、障害年金を教えてくれたということです。ケースワーカーに話したら、「障害年金は寝たきりにならないと貰えないよ。」と言われたので、諦めていました。それでも、困って電話相談されたのです。
  よく聞くと、10年以上前の初診日が問題であることがわかりました。
  そして、ご本人には、寝たきりではなくても貰えますよ、と安心していただきました。
  この方も、本人の記憶による初診日では初診証明が取れずに困っていたということですが、運が良く、聞き取りしていくうちに、それより前の初診日が見付かり、さらに、認定日には入院中であったことから、認定日請求も可能ということが分かりました。
  難病であることから、“その他診断書”を提出したのですが、彼女が本当に困っていたのは歩けない等でしたので、肢体不自由の診断書も提出致しました。お陰で、基礎年金1級、5年遡及ができました。

19.70歳超で障害年金受給(脳梗塞・女性)

障害年金のことは全くご存じありませんでした。新聞に障害年金のことが出ていたので、もしかしたら貰えるのではないかと、電話相談されました。
  お話を聞き、年金事務所に納付要件を調べに行ったら、なんと、初診日の直前に、昔の3号特例届けを出されていて、ギリギリ老齢年金受給権が発生していたのです。その届け出が初診日の後であったならば、納付要件はアウトです。本当に幸運な方でした。
  初診証明は救急搬送された病院なので、簡単に取得できました。
  診断書には苦労しました。70歳超なので認定日請求しか出来ませんが、認定日も現在も内科にかかっておられ、内科の医師が、肢体不自由の診断書は書いたことがないと拒否されたのです。何度も説得に出かけました。医師法も持ち出して説得しました。認定日のカルテには肢体不自由さを書いてないので、説得にも大変な思いをしました。
  それでも、何とか書いていただき、障害基礎年金1級、5年遡及が出来ました。
  実は、この方は生活保護でしたので、事前に福祉事務所に交渉に行きました。5年遡及の年金一時金の額を申しました。その結果、社労士報酬を認めて頂き、さらに、自立支援に使って良い、とのお約束をして頂き、エアコン等が古くなっているので、その交換をお願い致しました。何事も隠すことはいけないと思います。事前に公表していたら、結果は付いてきます。

20.障害年金の存在を知らず、60歳で老齢年金の繰上げ(内疾患:女性)

彼女は内疾患(病名は伏せます)で苦しんでおられました。そうそう長生きできないであろうし、当座の治療費が必要でありましたので、60歳を待って繰上げの手続きをされました。障害年金の存在を知らなかったし、年金事務所でも教えてくれなかったそうです。
  私が、「繰上げする時に、障害年金は請求できませんよと言われましたでしょう?そして、署名をしたでしょう?」、と申しましたら、「そういえばそのようなことを言われたような気がするけど、障害年金って聞いたことがなく、何のことか分からなかった。」とのことでした。繰上げした方は認定日請求しかできません。事後重症やはじめて2級も無効です。彼女こそ、十分に、十二分に、聞き取り致しまして、認定日請求に成功致しました。  
 彼女は脱退一時金を貰っておられたのでカラ期間があり、老齢年金の受給資格はあるものの、年金額は少ないものでした。それが、5年前から基礎年金の満額になるのですから大喜びでした。繰上げで既に受給していた年金は返済しなければなりませんが、それを大幅に上まわる年金受給となり、治療費の心配がなくなったと大喜びでした。あらためて、障害年金というものを知っていたら治療費の心配をしなくてよかったのに、もっと広報してほしいと言われたものです。  私も、繊細な気配りが必要である難題をクリアして、お役に立ててよかったと嬉しく思いました。

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